戦争レクイエム三部作『父と暮らせば』『美しい夏キリシマ』『TOMORROW明日』レビュー

終戦から約80年。黒木和雄が遺した戦争レクイエム三部作は、後世まで語り継がれるべき映画である。
戦争体験者である監督が、広島、長崎、宮崎を舞台にそれぞれ描いた反戦の思い。どの作品も戦争映画にありがちな惨い戦闘シーンや殺戮の現場は出てこない。
市井に生きる人々の日常を丹念に映像に映し込み、観る者の心に深く響く、メッセージ性の強い作品群。

とりわけ、2004年に宮沢りえと原田芳雄のW主演で高い評価を得た『父と暮らせば』は、多くの人に観てほしい作品だ。
終戦から三年経った広島。原爆投下時に被爆してしまった美津江(宮沢りえ)と、その父(原田芳雄)との数日を、ほとんど会話劇で魅せる。
もともとが井上ひさし原作の戯曲を映画化しているので、余計な演出を一切排したシンプルな構成。登場人物も、ほぼ父と娘の二人だけ。
そこに、美津江に惹かれ、心を寄せている青年・木下を演じる浅野忠信が絡む。浅野にしては珍しく、朴訥で誠実な雰囲気を漂わせているのが印象的だ。
23歳の美津江は、被爆してしまった時に、父の竹造を助けられなかったことを非常に悔いており、生きているのが申し訳ないと思いながら生きている。
そんな娘を励まそうと亡霊になって出てくる父。美津江が勤務する図書館にある日突然現れた木下との淡い恋心を察知した竹造は、恋の応援団長として、彼女の前に現れたのだ。
ほぼ台詞のみで展開されていくのに、ぐっと引き込まれるのは、主演二人の名演技があってこそ。原田芳雄の昔気質だが、どこか飄々としたユーモアを感じさせる父親は、彼にしか演じられなかっただろうと思わせる。さすが、役者である。
また、この映画をもって、宮沢りえは本当に素晴らしい本格女優となった。おそらく彼女の代表作である。
原爆で友を失い、父を亡くした娘が、「うちは幸せになってはいけんのじゃ」と口にする。自分だけ生き残ってしまったという罪悪感。それに対し、父は「それはちがう」と必死に伝える。
瓦礫に埋もれ、顔が焼けただれ、動けなくなった父を捨てて逃げることができなかった美津江に、いつものようにじゃんけんぽんで決めようと言った父。美津江が勝ったら、お前は逃げろと言う。
俺はグーを出すからな。しかし、何回やっても美津江はグーを出してしまう。涙なくしては見れない場面であり、二人の演技は圧巻である。日本にもこんなに素晴らしい名優がいるということを誇りに思いたい。これを演じたのが、宮沢りえと原田芳雄で良かったと本当に思う。
原爆資料を預かってほしいと美津江に頼んだ木下の想いを、やっと受け入れようと決心した彼女が最後につぶやくセリフ。「おとったん、ありがとありました」
親孝行だと思って自分の分まで生きてちょんだいのと願う父の思いに感謝しながら、やはり生きていかねばならないと前を向く美津江の表情にはほんのりと明るさが感じられた。
静かな感動が胸に込み上げ、心に残る。派手な映画ではないが、名作だと思う。

また、その二年前に公開された『美しい夏キリシマ』も観ておくべき作品である。これは黒木和雄監督の自伝的映画で、宮崎県の霧島がみえる農村が舞台。
主人公の少年を演じるのは、今や大活躍している柄本佑。本作が彼の映画デビュー作である。
1945年8月、康夫は肺浸潤のため、厳しい祖父の家で療養の日々を過ごしていた。本土決戦に備え日本兵が滞在する村で、様々な人の営みと思い、葛藤が交錯する。
康夫もまた、空襲で同級生だった友人を失くしてしまったことを非常に悔いていた。目の前で死んでいった友人を救えなかった。自分だけが生き残ってしまった。自責の念に駆られる毎日。軍国主義の熱気が高まる中で、心の行き場をなくしていく。
死んだ友人の家を訪ね、その妹に会うが、「帰ってください」と拒否され、どうしていいかわからない。「じゃあ、仇をとってください」と言われ、森の中に籠り、ひとり竹槍訓練に没頭する康夫。
しかし、日本は終戦を迎え…。
康夫の家に奉公する女の子の母を、石田えりが演じているのだが、人間の業の深さを感じさせる演技が光る。盗んだ食べ物を提供するかわりに、この婦人と情交を重ねていく香川照之演じる兵士もまた罪深き。
戦争とは何なのか。深い問いかけを残す作品だ。

そして、忘れてはならないのが戦争レクイエムの第一作『TOMORROW明日』である。
広島に原爆が落ちたあと、長崎に暮らす人々の原爆投下までの一日を描いた傑作。
23歳のヤエ(南果歩)は、看護婦として勤務している。3歳年上の庄治(佐野史郎)と見合い結婚することになったヤエ。ささやかながら自宅で結婚式を挙げる二人を、暖かく祝う周囲の人々たち。
ヤエの姉ツル子(桃井かおり)は身籠っていて、式の途中で産気づく。新しい命の芽生えを待つツル子。ヤエの妹の昭子は、恋人から召集令状が来たことを告げられる。それぞれが、それぞれの思いを抱えながら慎ましいながらも日常を生きていた…。
この映画で印象的なのは、病気持ちで赤紙の来ない庄治とヤエの初夜の会話。本当に自分が相手で良かったのかと伝える庄治に、うなずくヤエ。庄治はヤエにどうしても言っておかなければならないことがあるという。
それは、庄治の母のことだった。庄治の母は下層階級の出身で、卑しい身分ということ。うまく告げられず、タイミングを逃してしまった庄治に「いつでもいいです。話したくなった時に話してください。明日でも明後日でも、いつでも。まだまだ時間はありますから」と微笑むヤエ。
二人の間に暖かい雰囲気が流れ、「明日、仕事が終わったら待ち合わせをして一緒に帰ろう」と約束する。
ツル子には可愛い男の子の赤ちゃんが生まれ、幸せに満ちた朝だった。しかし、8月9日午前11時02分、長崎に原爆が落ちる。人々の生活が一瞬にして奪われる原爆の光と爆音で、この映画は幕を閉じる。
どんな悲惨な映像よりも衝撃的なラストだ。明日があると思い、健気に懸命に生きる人たち。生まれてきた子供、待ち合わせを心待ちにする新婚のカップル、現像された結婚式の晴れの日の写真。それらが瞬時に無くなってしまう恐ろしさ。
大げさな演出は一切ない。それでも戦争は悲劇しか生まないと強く感じさせる。

黒木和雄が伝えたかった反戦の思いを、私たちは受け継ぐべきではないのか。けして風化させてはならない。平和ボケした現代の日本人に、強く伝えていく必要がある。
二度と悲劇を生まないためにも、いま、観るべき映画であると思う。平和であることや命の尊さを当たり前に考えて生きている場合ではないだろう。監督入魂の作品を後世まで伝えていくことが、私たちの使命であるべきだろう。

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