『トーク・トゥ・ハー』レビュー

スペインの奇才、ペドロ・アルモドバル監督が贈る不思議で素敵な愛の物語。

この映画で軸となるのは、二組のカップル。
ジャーナリストのマルコは、ある日女闘牛士のリディアと出会う。互いに惹かれ合っていたが、愛は終わりを迎え、リディアは闘牛の試合中に牛の角に刺されて重傷を負い昏睡状態に陥ってしまう。
もう一方の登場人物であるベニグノは、事故で植物人間になったアリシアを4年も介護し続けている。
どちらにも共通するのは、女性が眠り続けているということ。
病院で変わり果てたリディアの姿を見て、茫然自失のマルコ。彼女に触れることもできない。
そんな中、意識のないアリシアに熱心に話しかけているベニグノを見かけるマルコ。ベニグノは、バレリーナだったアリシアのためにドイツの舞踏家ピナ・バウシュの舞台を観に行き、その感想を彼女に言って聞かす。献身的な介護は、一般的には少し度を超えたものに感じられるが、ベニグノは彼女に一途な愛を注ぎ続けている。
マルコは最初は訝りながらも、ベニグノと交流を深めていく。

リディアの死を異国で知らされたマルコは、耳を疑うような事実に遭遇する。
昏睡状態のアリシアが妊娠しているというのだ。しかも、彼女を介護していたベニグノが犯人だという。
急いでスペインへ帰国するマルコ。ベニグノが収監されている刑務所へと向かう。
面会室でガラス越しに対面する二人の間には、友情が芽生えていた。ベニグノの行動は到底肯定できるものではないものの、マルコは彼を見捨てることができない。
マルコはベニグノの住んでいた部屋を借り、そこで暮らすようになる。ベニグノの抱えていた孤独を知るマルコ。彼の境遇は特殊なものであり、多くの普通の人とはちがう。
長年、年老いた母親の世話をして生きてきた彼は、女性との体験もなく、青春時代もなかった。
窓から見えるバレエスクールの授業風景。練習をするアリシアの姿を偶然見つけ、興味をもつベニグノ。彼女が落とした財布を拾ったことから、言葉を交わし、好きになっていくベニグノ。
この一方通行の愛は、ストーカー的といえる。アリシアの家はクリニックで、ベニグノは彼女に近づきたい一心で、彼女の父の精神鑑定をうける。
とても風変わりな青年としてベニグノを見ているアリシアの父だが、娘が事故に遭ったとき、完全介護を任せられる介護士として彼を雇う。父親は、ベニグノのことを同性愛者だと信じていたからで、アリシアの妊娠はまさに寝耳に水だった。
アリシアは堕胎させられるが、そのことを知って苦しむベニグノ。ベニグノは刑務所で自ら命を経ったが…。

この映画は、もしかしたら賛否両論ある映画なのかもしれないが、描いている本質は人間の純粋な愛である。
孤独な中にも、他者を思いやる気持ち、監督の優しい眼差しを感じる。
とくに、刑務所でベニグノとマルコが向かい合い対話するシーンと、ベニグノの墓にアリシアの髪留めをマルコがそっと置く仕草は深く心に残る。
また、スペインならではの独特の色彩がある映像と音楽も素晴らしい。特別出演したブラジルの国民的歌手、カエターノ・ヴェローゾが奏でる『ククルクク・パロマ』の響きに込められた思い。それは、すべての人々に向けられた人生賛歌だ。
冒頭と物語の終わりに登場するピナ・バウシュのダンスも、作品をよりいっそう魅力的なものに引き立てている。
哀しいけれど、美しい。マルコではないが、喪ったものを思って泣く、そんな気持ちになったとき、観てほしい。
再生への予感に満ち溢れたラストは感動的。生もあれば死もあるが、そのコントラストがはっきりしていればしているほど、人生は尊い。そんなことに気づかせてくれる作品でおすすめだ。

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