ザ・スミス~もしも明日世界が滅んでも、私はこれを抱いて死にたい~

もし、世界が明日終わるなら、何を聴きたいか。あるいは、一生自分の中で鳴り響くものは何なのか。それについて考えてみた。

私がザ・スミスというバンドに出会ったのは十代半ばの頃で、それはまったくの偶然だった。

前回レビューした映画『台風クラブ』を構成していた番組で、たまたまその特集のときにかかっていた音楽がとても印象的だった。

私は何の知識があったわけでもないが、それがザ・スミスなのではないかと直感した。クレジットはなかったが、何故かすぐそう思った。

私は翌日、CDショップに駆け込んで、ザ・スミスの『クイーン・イズ・デッド』を手に入れた。その中に、番組でかかっていた曲が入っていた。

なんということだろう!その番組に出会わなくても、私はザ・スミスと出会っていたと思うが、当時放送していた読売テレビのシネマダイスキを作っていた人に感謝したい。これは、一生ものの出会いだったから。

物心つく頃から十代まで、私が感じていたのは孤独と疎外感だった。どこにも居場所がなかった。

モリッシーの書く詩は、私の心を代弁した。ザ・スミスを愛聴してきた人ならわかってもらえると思うが、世間とうまく折り合いをつけれない一方で愛情に飢えていた。

そんな若者を救ったのがザ・スミスの音楽だった。自我に苦しむ圧倒的弱者。モリッシーから紡がれる言葉は、切なく、鋭く、時に好戦的で、はかなさがあり、常に弱者の視点から描かれている。
80年代を代表するバンドは、間違いなくザ・スミスだと思っている。

それまでのロックが、荒々しさや男性的なものだとすれば、ザ・スミスは対極をいった。

グラジオラスの花を片手にステージで踊り歌うモリッシーは、他のどんなロックスターともちがった。彼は唯一無二のスターだった。

当時のイギリスの若者は熱狂的にモリッシーを支持した。それは、いま現在でも私たちの心を揺さぶり続けていて、もはや避けては通れないロック史に輝く名盤なのだ。『クイーン・イズ・デッド』はそんなアルバムだ。

時代が変わっても、きっと多くの若者に届く音楽なのではないだろうか。

自分の住んでいる町が嫌い、まわりに馴染めない、仕事には就いたものの拭いきれない違和感がある…そんな鬱屈を抱えた者の心情をモリッシーにしか書けない表現で歌にしてしまう。

しかし、彼ならではのウィットがあり、文学を読んでいるかのような、映画を観ているような、絶望を歌ってもそこに絶望以上の何かに昇華してしまっているのがすごくクオリティーを感じるのである。

もちろん、バンドとしての演奏スキルも並外れている。私がティーンエイジャーの心を持ち続けているのは、おそらくザ・スミスのせいである。

リアルタイムであろうが、なかろうが、普遍的なものを内包している以上、ザ・スミスは特別なバンドである。そういう位置付けで語られるバンドなのだ。

私がこのバンドに思い入れる以上に、世間ではごく当たり前にザ・スミスは最高ということになっている。

『ゼア・イズ・ア・ライト』は、絶望的な歌詞である。

今夜、僕を車でどこかに連れて行って欲しい。場所はどこでもいい。帰る家などないのだから。そして、もし10トントラックが僕らの車に突っ込んできたら…あなたの傍らで死ねるなんて最高の死にかただな。というような内容だ。

この曲は絶望の哀しみの中に美しさがある。とても美しい曲だ。圧倒的な影の中に、光がある。
私は初めて聴いたとき、呆然としてしまった。この曲は私にとって永遠になると。

モリッシーは相当のひねくれ者である。ひねくれ者の詩人。一筋縄ではいかない。私は、そういう人が好きだ。

十代のとき持っていたCDなどは、大抵中古ショップに売って手放していることが多い。しかし、ザ・スミスだけは残っているのだ。25年間、変わらず手元にある。

部屋はモリッシーだらけである。書籍、ポスター、ポストカード、Tシャツ…輸入品のめずらしい写真集は泣く泣く手放してしまったのが後悔だが。

そんなザ・スミスは映画にもなっている。

2021年に公開された『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』は、ファンなら満足のいく作品だろう。だって、最初から最後まで、ザ・スミスの名曲がかかりっぱなしだから。

しかも舞台はアメリカだ。1987年、ザ・スミスが解散したというニュースが流れる。アメリカの郊外に住む若者たちにショックが走る。レコードショップに勤めている青年が、ラジオ局に乗り込んだ。

銃を片手にラジオ局をジャックする。ヘビメタ専門の番組のDJのおっちゃん相手に、「ザ・スミスのレコードをかけろ」と脅す。おっちゃんのDJは、最初は理解を示さない。彼の好きなのはKISSとかオジー・オズボーンだから。

町ではスミスの解散に嘆く若者が、それぞれの将来の不安を抱えながら、パーティーで踊り狂う。もちろん、曲はザ・スミスだ。

アメリカではザ・スミスはどう捉えられていたのだろう。エンターテイメントの国だ。彼らの歌を受け入れない者も、沢山いたと思う。こんなものは、ゲイの聴く音楽ではないのか?と。

しかし、このような映画が出来たということは、ザ・スミスのフォロワーは世界中にいるということだ。現に、YOUTUBEでモリッシーを検索したら、アメリカであろうがどこであろうが、モリッシーのステージには人が溢れ、観客の熱狂ぶりを見ることができる。

彼は今でもソロで活躍していて、ザ・スミスの歌を唄っている。そして、ステージに上がろうとする、モリッシーに手を伸ばす人々は、80年代を生きた人だけではない。子供も、大人も。老若男女問わず、だ。彼のカリスマたるゆえんである。

話を映画に戻すと、ザ・スミスの解散した一夜の出来事を追った単純な青春映画なのだが、当時のモリッシーのインタビュー映像などが盛り込まれているので貴重といえるだろう。

最初はザ・スミスのレコードをかけるのを嫌がっていたおっちゃんも、次第にラジオジャックした青年と心を通わせていく。彼はついには理解を示した。ヘビメタも素晴らしいが、ザ・スミスも素晴らしいと。音楽は、人の心の垣根を超える力があるのである。

もうひとつのザ・スミスを描いた伝記映画『イングランド・イズ・マイン』はまだ観ていない。2019年に日本で公開された作品だが、私は自分の住む町の映画館にポスターが貼ってあるのを目にした。

「これは見なきゃいけない」と思いつつ、うっかり見逃してしまった。でも、必ず観るつもりにしている。

ザ・スミス、あまりにも特別すぎるから、もう言葉が出てこない。実は、今日、モリッシーのDVDがイギリスから三本届く。非常に楽しみだし、私はそれを手放さないだろう。

もし、これが愛でなかったら…?それは、僕らをつなぐ爆弾、爆弾、爆弾だよ、きっと。

 

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