『台風クラブ』レビュー

昔観た映画で忘れられないのがある。とは言ってもリアルタイムで観たわけじゃない。

十代半ばの頃、読売テレビで深夜放送されていた『シネマダイスキ』という映画専門のプログラムがあった。その中で放送されたのが相米慎二監督の『台風クラブ』(1985年)だった。
脳内が13歳ぐらいで停止したままの私だが、今でもこの映画を観るとワクワクする。ドキドキする。
東京近郊のある都市。のっけから流れるバービーボーイズの曲にのって、物語は始まる。夜のプール。高見理恵(工藤夕貴)たちは水着姿で踊っている。はしゃぎ過ぎて、同級生のアキラの履いている海パンを皆で脱がしてしまう。
アキラはいつもからかわれているが、どこか嬉しそうでもある。高校受験を控えた中学生たちの無邪気なひとときだった。
三上君は優等生だ。同じ野球部の健やアキラとはちがって、勉強がよくできる。そして、彼の考えていることは哲学的ですらある。三上君に惹かれている理恵だが、三上君がいつも何を考えているのか理恵にはさっぱりわからない。二人は仲良しなのだが、それを羨ましく眺める美智子の姿があった。
美智子もまた優等生だ。そしてルックスにも恵まれている。典型的な学級委員長タイプである。ひそかに三上君のことを思う美智子。
そんな美智子に想いを寄せる健。健はどこかバカっぽい。いつも三上君とアキラとつるんでいる。三人で煙草をふかしながら、たわいないおしゃべりをする。アキラが「俺、見ちゃったんだよなぁ」と漏らす。
それは、クラスメイトの康子と由利が教室でレズ行為をしているところだった。クラスでも強気キャラで目立つ康子に「言うなよ。絶対言うなよ。言ったら殺す」と言われてビビるアキラ。
「でも、女同士って、どうやってやるんだ?」
「う~ん…?」

そして、ある日。担任の梅宮(三浦友和)が数学の授業をしていると、わけのわからぬ連中が教室に乗り込んでくる。梅宮の恋人の女と、その母、その母の弟だった。
「あんた、いつ娘と結婚してくれるの」と生徒たちの前で梅宮に詰め寄る恋人の母。騒然とする教室内。
この梅宮というのが、ほんと駄目人間なのだが、物事をなあなあで済まそうとする大人なのである。
そんな梅宮に反感と不信感を覚える美智子。
美智子は、この出来事以前に、健に対しても嫌悪感を抱いていた。理科の実験教室で、美智子を好きな健はたまらず熱した板を美智子の制服の背中の中に入れてしまう。美智子はひどい火傷を負い、泣いてしまう。一生ものの傷。
保健室で美智子の傷を見た健はごめんと美智子に謝るが、美智子はそれを無視し、たまたま通りかかった三上君の胸に駆け込み、泣くのだった。
放課後の教室。ニュースでは台風が近づいているという。美智子はひとり、梅宮を待っていた。
「先生、あのことを説明してください!説明してくれるまで帰らない」とムキになる美智子。あのこととは、授業中に乗り込んできた連中、梅宮の恋人のことだった。
梅宮は、帰れと促すが、美智子は真相を聞くまで帰るつもりはない。そんなことより、理恵が学校に来ていない。理恵は、朝、三上君が迎えにきてくれたのに起きれなかったのだ。そして途方にくれて、制服姿のまま電車に乗って東京へ行く。
学校にも理恵の母親から電話がかかってくるが、「うちには関係ありません」と言って電話を切る梅宮。不穏な天候に煽られるようにして、梅宮も用務員も帰ってしまう。
そうとも知らずに暗い教室で梅宮を待っていた美智子は眠ってしまっていた。起きると、後ろの席に健がいた。ぎょっとする美智子。美智子に話しかける健だが、「私に近寄らないで!」と激しい口調で言われてしまう。
ここからが非常にスリリングなのだが、逃げる美智子を執拗に追う健。狂気さえ感じさせる演技、それを十代の子供にさせてしまう相米監督、さすがである。
逃げても逃げても追ってくる健。美智子は職員室に逃げ込んだ。職員室の扉を思いっきり手で押さえるが、健はそれを何度も足で蹴る。それはだんだん激しさを増し、扉を蹴破ってしまう。
ついに健につかまった美智子は、健に制服の上を破られてしまうが、火傷の跡を見た健はひどく慟哭する。職員室の机のものをかたっぱしからめちゃくちゃにひっくり返し、後悔の念に駆られる健。美智子は泣いている。健もまた泣いているのだった。

学校内に残されている者がまだいた。
部活で取り残されてしまった三上君。そして、梅宮の授業をボイコットして演劇部の部室でサボっていた康子、由利、みどりの三人。彼らは合流する。
教室に集まった彼ら。「理恵が行方不明なんだって」と窓ガラスを見ながら不安げな三上君をよそに、踊り始める康子、由利、みどり、美智子、健。
「帰らなくていいのか」とたずねる三上君に、「いいのよ、もうどうでも」と答える美智子。彼らは、躁状態になっていく。
一方、理恵は原宿で大学生の男に拾われた。真っ赤なワンピースを買ってもらった理恵。台風は相も変わらず勢力を増し、危うい表情を見せている。
大学生の男の家に行く理恵。だが、三上君のことが気にかかる。それから進路のことも。「今日泊まっていけよ」という男に対し、「やっぱり帰ります!」と言って部屋を飛び出す理恵もまた、心の中に吹き荒れる何かを抱えている。
電車は止まっている。帰れない。傘もない。どしゃぶりの雨の中を、歌いながら、泣きながら、闊歩する。
そのころ、三上君たちは体育館にいた。私が一番好きなシーン、ここがこの映画のハイライトともいえるところなのだが、康子が先陣を切ってマイクを握る。レゲエがかかり、舞台で踊っている康子たち。それを見ていた健が加わり、三上君もまた加わる。
彼らは着ている制服を脱ぎ捨てていき、下着姿でポージングする。心の解放区。なんとも言えず、最高じゃないか。この映画のもっともハイクオリティな部分を見せつけられた気分である。
そのまま彼らは、雨がザーザー降っている外へと飛び出す。『もしも明日が』を歌いながら、円になり踊り続ける彼ら。完全にナチュラルハイである。はしゃぎながら、裸になり、すべてを忘れて踊り続ける。相米監督は子供であろうが、非常にスパルタで厳しい人だと有名だが、この純度を引き出したことは相当に素晴らしい。
ひと段落ついて、教室で寝泊まりすることになった彼らだが、三上君だけがじっと何かを考えている。恋人やその母たちとすっかり和解し、家で楽しく皆でカラオケをしている梅宮のもとへ電話を入れる。だが梅宮はすっかり酔っぱらっていて、まともに取り合わない。
「バーカ。二十年経ったら、お前もこんなふうになるんだよ」と言われて、「僕は絶対あなたにはならない!」と宣言し電話を切る三上君。彼だけが眠らずに、朝を迎えた。
台風は過ぎ去り、よく晴れた朝。起きてきたみんなに向かって、三上君は言う。「おい、お前ら。今からいいもの見してやるよ」
なんと三上君は、教室の窓から身投げした。突然の自殺。びっくりする健や康子、美智子たち。三上君はあっけなく死んでしまったのだった。
そんなことは露知らず、地元に帰ってきた理恵。足取りも軽く、学校へ向かって歩き出す。出会ったアキラと談笑しながら、とてつもなく明るい空の下を歩いているのだった…。

最初に思ったのは、よくこの脚本を映画に出来たなということ。だって、すごくつかみどころがないんだもの、十代の感情を映像化するというのは。
しかし、相米慎二は作ってしまった、『台風クラブ』という作品を。瑞々しく、不安定で、なおかつ魅力あふれた映画である。
十代の持つ、危うさ、興奮、性的衝動などを台風になぞらえて表現したそのセンスと才能に感服。
今でも時々考えることがある。「ああ、明日台風来ないかな」って。確かに台風なんて面倒なんだけど、緊張のなかにある何かを期待するようなあのドキドキする気持ちはなんなんだろう。そんなことを思ってしまう。
きっと私も中学生のままなのだろう。この感性は失いたくないな、なんて。いまなお愛してやまない、大好きな作品である。

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