『糸』レビュー

菅田将暉と小松菜奈が主演した『糸』を観た。
中島みゆきの名曲『糸』をモチーフに制作されたこの映画は、平成から令和に移り変わる時代の変換とともに、二人の男女の運命的な結びつきが描かれている。

中学生の漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)は、花火大会の夜に偶然知り合う。
二人は初めての恋に落ちるが、葵はシングルマザーの母の恋人から暴力を受けていた。会う約束をしていたのに現れなかった葵。彼女は一家で夜逃げをしていたのだった。
葵が移り住むアパートを訪ねた漣は、葵の手を取り町の外へ連れ出す。葵が過酷な環境から逃れることが出来るように逃避行しようと提案する。
だが、一夜を過ごしたロッヂを出ると、そこに警察と葵の母親たちがやってきたのだった。雪の中、逃げまどう二人だったが、繋いだ手と手はほどかれ、引き離されてしまう。
それから会えなくなってしまった二人が8年後、友人の結婚式で再会し…。

この映画の展開は、一筋縄ではない。
というのも、漣と葵は引き離されてしまった8年のあいだも再会してからも、なかなか交わらないからだ。縁がありながらも、それぞれが全然ちがう人生を送っている。
漣は地元・北海道のチーズ工場に勤めていて、葵からもらった糸を編んだブレスレットを大切にしていたが、東京で再会した葵がキャバクラで働きながらちがう男性と関係していることを知りショックを受ける。
葵は生活と大学の学費のためにキャバクラで働いているのだった。パートナーの男性・水島は、初対面で葵が辛いものを背負っていることに気付く。彼もまた同じ境遇を体験していたからだった。
しかし、ある日突然水島は彼女の前から消えてしまう。大金を残して。残された葵は、キャバクラで同僚だった友人の玲子とシンガポールでネイリストとして働き始める。
そのあいだに漣も、同じ職場の香と付き合い始め、同棲し、やがて結婚する。
葵は玲子が遭遇した事件からネイルショップの経営者に仕事を解雇されるが、一念発起して新規事業を立ち上げる。それは、葵と玲子のネイルショップだった。
すべては順風満帆にすすみ、シンガポールでも話題の店になっていた。しかし、玲子の裏切りによって、すべてを失ってしまう葵。
漣も幸せな結婚生活を送っていたが、香の妊娠とともに、彼女の癌腫瘍が発覚したことに心を痛めていた。無事、子供が生まれたが、3年後に香は他界。

私が、この映画で最も響いたのは、榮倉奈々演じる香である。彼女は自分がもう短命だと悟っていたのだが、「死にたくない」とも「漣、逝った後も私だけのものでいてね」とも言わない。自分の運命を静かに受け入れている。
そして、我が子に託すのだ、「悲しんでいる人や泣いている人がいたら抱きしめてあげれる人になってね」と。ここが、この映画の大切なポイントであると思う。
なぜなら、この想いが、次に紡ぐ縁という糸をバトンしているからだ。あまりネタバレになるので書かないが、縁とは糸そのものだ。中島みゆきの歌を聴いたら理解するまでもないが、縦糸と横糸が交差する瞬間が、生きていれば必ずくる。
それを信じて、日々を誠実に生き抜くこと、縁という糸を信じることをこの作品は教えてくれる。そして、出来上がった一枚の織物は、美しい色彩に輝き、とてもあたたかく、自分たち、それ以外の人たちも幸せにする作用がある。
どんなに複雑にからまっていても、よじれても、ほどけても。繋がっている糸は必ずまた出会う。その糸を次から、また次へ、もうひとつ先へとつないでいくのが命である。
主演のお二人は、リアルでもご結婚されたが、これもまたひとつのドラマであり糸。観た後に、じんわりと優しい気持ちになれる良作であった。

あなたは、どんな色で、どんなふうに糸を紡いでいきますか?多くの人が幸せであってほしい。そんな願いの込められた糸。私は信じよう。

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