『リリーのすべて』レビュー

世界初の性適合手術を受けたアイナー・モーウンス・ヴィーグナーという画家がいる。
『リリーのすべて』という映画を観るまで、私は彼のことを知らなかったが、少なからず衝撃を受けた。いわゆるトランスジェンダーの先駆けとなった男性である。

1920年代のデンマーク。アイナーは妻のゲルダと共に暮らしており、夫婦揃って芸術家であった。
ある時ゲルダのモデルが来られなくなったために、代わりにアイナーに務めてもらうことにもらうことになる。
アイナーにとっては初めてのこと。それは女性もののストッキングの手触り、柔らかな絹の感触。ゲルダはアイナーに女装をさせたのであった。
それはほんのお遊びのつもりだった。アイナーに化粧を施し❝リリー❞と名付け、パーティーに連れて行ったゲルダ。
しかし、ここから運命が狂い始める。女になったアイナーは美しく、とても魅力的で、男性を虜にさせてしまたのだった。
それから女装しては出かけていき、男性と密会するアイナーにゲルダは不安を募らせる。
ゲルダが描いたリリーの絵は評価を受けるのだが、アイナーがアイナーで無くなっていくことに動揺を隠せないゲルダ。
やがて、アイナーは本物の女性であることを望むようになる。ゲルダはアイナーを医者に連れていくが、精神疾患であると告げられる。
しかし、パリに移ったゲルダたちはアイナーの旧友ハンスの力を借り、いろいろな医者に診てもらううちに「君は精神疾患ではない、正しい」と言う医者を見つける。
アイナーはリリーになるために、命を懸ける覚悟で性転換手術に挑むのだった…。

アイナーを演じた主演の俳優が素晴らしい。女性的な仕草や、纏っている雰囲気が繊細そのもの。とても細やかな感情表現を演技でみせる。
そして、映像や音楽の美しさだけでも観る価値があったのだが、アイナーの中で芽生えた女性としての自分という存在にいかにして気づいたのかを、もっと踏み込んで見せてほしかった。
彼がもともとフェミニンな感性を持っていたとして、ある時期までは妻のゲルダとは肉体的にも愛し合っていたのだから。
やはり女装したことがきっかけなのかもしれないが、いつから、どのように、男性でいることが耐え難くなるほど女性でありたいと願うようになったのかをもっと明確に知りたかった(私が感じ取れていないか、見落としがあるのかもしれないが)。
そうとは言え、あの時代にまだ広く認知もされていなかったトランスジェンダーとして、勇気ある行動を取ったアイナーには感服の意を表したい。彼がまだ未開だった扉をひらいたのだから。
私は、彼のパートナーであったゲルダの描き方にジンとくるものがあった。色々と葛藤がありながらも、最後まで彼の最大の理解者であり続けた。その心に胸打たれる。
これは、一人の果敢なトランスジェンダーの伝記映画であるが、愛の物語でもある。性別すらも超えた愛、本当の理解ある愛が何かということを私たちに示した作品なのだ。

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